2014年5月6日火曜日

【社会】 賭博破戒録カイジより

マンガからだって結構勉強に、考える材料になることってあるんですよね。
今日は賭博破戒録カイジの1巻の冒頭を読んで、「そうだよねぇ」ってことを少し。

兵藤の大ボスの懇親会みたいなのが開かれてるわけですが…
悪徳金融の遠藤さんの言葉を読んで思ったのですが…



大きな企業ではよくあるイメージなのですが、
自分の上司、または自分がこの人に尽くせば出世できると思った人が
落ちてしまうと、その人に傾倒していた部下も出世コースから外れてしまうことがある。

池井戸潤さんの銀行ものの小説にも往々にしてそれが描かれていたりもしますが、
ある程度大きな会社だと、
銀行の支店一つの中だけでも、そこで働く人達は一つの組織なわけですから、
支店長の能力次第では、その支店に勤める人達のコースも決まってしまう場合もあるわけです
もちろん、例外…といっていいか解りませんが、個人の実力を示す、実績を上げれば
その輪から外れることもできるかもしれません。

逆に言うと、

あなたが今いる輪の中で、組織として動いているなら…
たとえば、その輪の中の常識にしたがっていたり、
その輪が居心地が良いと思っていたり…とか
の場合
あなたの価値はその輪以上でもなく以下でもない。
その輪が大きいなら、それで良いけれど、
もし、輪が小さい場合は、そこから抜け出す努力をしなければならない

なんにでも当てはまることではあると思うけれど、
いまいる輪を判断して、それ以上のことがしたいのであれば
違う輪に移らなければならない、ということである

たとえばこのマンガに話をもどせば、利根川が失脚したから、遠藤も窮地に追いやられている
利根川という輪の中に居たら、一緒に沈んでしまったわけだ
そこでそのままではいけないので、カイジを使って、また大きく儲けて実績をあげようと企てる。
これは、利根川という男を持ち上げるのではなく、
自分の力で実績を作ろう、ということを意図していると思う。

とどのつまり、今居る輪から動くためにも、また今居る輪以上の輪に移るためにも
また、自分で大きな輪を作るとしても、
個人としての能力や行動をしっかりしていかねばならない。

会社にいれば、仕事があり、それをこなしていれば
生活するだけのお金はもらえるかもしれない、が
会社がなくなったとき、個人でどれだけ稼げるかというのは
少し前の日本で良く考えるべき命題だったし、
まぁ今の時代そういう考え方がしっかり根付いていくべきである。





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